ICTが拓く、教育の可能性~「子どもから学ぶ」の実践を通して~

2020.2.6

ICTが活躍する場として、幼稚園を思い浮かべる方は少ないのかもしれません。

東京都にある武蔵野東学園では、人とのコミュニケーションに困難を抱える自閉症児に、同年代の健常児たちとの交流を通じて両者に教育効果をもたらす「混合教育」を、50年以上にわたって実践してきました。インクルーシブ教育のさきがけといえる「混合教育」と、長年取り組んできた「生活療法」もあわせて、自閉症児への教育において国内外から高く評価されています。保護者からの要請に応えて小学校、中学校、技能高等専修学校を設立し、幼稚園から高校まで、自閉症児への一貫教育を実施しています。

この教育の現場で、実はスキャナーなどのICTが活用されています。

学園の教育哲学「子どもの教育方法は、子どもから学ぶ」は、子どもと正面から向き合い、日常をつぶさに観察し続けてこそ、教育の方法が見えてくる、というものです。そのシンプルかつ本質的な教育哲学を受け継ぐためにお手伝いしているのは、PFUのスキャナーとスキャニングサービスです。

独自の実践を貫く武蔵野東学園を訪問し、加藤篤彦園長、寺田欣司理事長にお話を聞きました。

スキャナーが子どもの好奇心を刺激する

武蔵野東幼稚園の教室には、ときどき不思議なモノが置かれます。普段は職員室でいろいろな資料のスキャンに使われているパーソナルドキュメントスキャナー ScanSnap SV600(スタンド型スキャナー)を、園児たちの教室に置いてみたら…?

子どもたちの日常にさりげなくICTをしのばせ、「新しいモノ、新しい世界」への好奇心を引き出そうという加藤園長の試み。そんな仕掛けに、子どもたちはどう反応するのでしょうか。

遊びながら学び、学びながら遊ぶ

訪問したのはクリスマスの少し前、ちょうど園児たちが自由な遊びを楽しんでいる時間でした。園内のあちらこちらに飾られた緑色のリースに、金色の鈴や赤い帽子が映え、ツリーには大きな靴下がぶら下がっています。

子どもたちの工作やお絵かきのテーマもクリスマスのようです。机の上には、茶色の紙で作られた作品が並んでいます。これはもしや…ソリ?

園児 「サンタクロースは、おれ(俺)が作るよ!」
園児 「おっけー!」

しばらくすると作品を大事そうに抱えた子どもたちが集まってきました。

園児 「スキャンしてもいーい?」
先生 「いいよー。何作ったのー?」
園児たち 「サンタさーん」「トナカイ!」「ソリ!」
先生 「へぇぇ、すごいねー。それどうやってスキャンするのー?」

子どもたちがSV600の背景マットの上に、トナカイのソリを走らせるサンタクロースをセットします。

スキャン開始。ボタンを押すのに真剣。

スキャンの瞬間が面白い

スキャン結果を画面で確認

絵だけでなく立体作品も次々にスキャンされます。背景マットに並べてスキャン。仕上がりを画面で確認して、またスキャン。何度も何度も、置き場所や向きを変えて試行錯誤を繰り返します。映りを良くするという、アートの世界に没頭しているようです。なかには自分の手のひらをスキャンしてみる子も。

何でもスキャン!

加藤園長は次のように語ります。「子どもたちは、新しい道具との出会いに興奮しています。こういう出会いが彼らの知的な好奇心を刺激する出来事になります。遊び方は大人が考えるのではなく子どもに委ねればよく、その反応を拾い続けるのが僕らの仕事です。」

教えるのではなく、支える

スキャナーに集まる園児の向こうには、折り紙など、思い思いに遊ぶ子どもたち。教室から外に出て縄跳びをしている子もいます。それぞれが自由に過ごす中、子どもたちの瞳が輝く瞬間を見逃さないように、先生たちは目を配っています。

日常を記録し、環境から教育を仕掛ける

幼児教育では、自分に見える世界を自分でコントロールできることが一番質が高い、という加藤園長。

「先生が仕切れば仕切るほど、学びが狭くなります。すでに知ってることをやってもクリエイティブにならないから。子ども自身は知識量も体験量も少ないけど、新しいモノを生み出そうっていうエネルギーがものすごく大きい。そこを解き放ってあげるような環境を整えてあげることが大事なんです。」

とてもパワフルな加藤園長

――子どもたちが新しい世界に入っていける環境を整えるということですが、先生方は、具体的にどのように関わっておられるのでしょうか?
園長子どもたちが何に興味を持ってるかっていうのを見ています。チャレンジしたいことに取り組めるように、先回りして教育を仕掛けていくには、日ごろから子どもの様子をよく観察して、「いまどんな試行錯誤をしているのか」を見つけていかないといけない。なので、子どもたちの興味、関心の対象に気づいたら、記録するようにしています。そのために先生たちはみんな1台ずつデジカメを持っています。

――先生ひとりに1台のデジカメですか?
園長昔はメモと付箋で記録していましたが、今はデジカメとパソコンですね。とにかく日常に目を配って記録していくことがとっても大事なんです。幼稚園には教科書がないので、何かを教えるのではなく、子どもが伸びようとしてるのを支えるのが僕らの仕事ですし、子どもたちがこんなクリエイティブなことを考えてますよ、というのを保護者にもちゃんと伝えないといけないと思っています。そのためにカメラやスキャナーが活躍するんですよね。

――子どもたちの日常の記録から、どういった話し合いをされるのでしょうか?
園長子どもがいま何に興味、関心があるのかを先生たちで読みとって、「だからこういう環境を作ろう、こんな材料を用意しておこう」とか、「スキャン楽しそうだね、ここにスキャナー置いてみようか」とか、子どもの興味を広げて、チャレンジしたくなる環境を作り上げるための相談ですね。

武蔵野東第二幼稚園

世界に唯一の教育記録

「子どもたちの日常をつぶさに観察することを通して、教育方法を考え、次の教育を仕掛けていく」という実践は、「子どもの教育方法は、子どもから学ぶ」という教育哲学に基づいています。このような考え方をもって自閉症児に向き合う日々から、武蔵野東学園の「生活療法」が生まれました。

「生活療法」は、1日24時間の流れにある生活体験を地道に積み重ねていくことを通して、生活能力を高めていく教育です。園での生活だけではなく、子どもの1日を通した生活の中に教育を織り込んでいくことが大切であるととらえられています。

そのため、寺田理事長は、教師と保護者との連携が重要だと言います。

理事長特に自閉症児教育で大事なのが家庭教育です。幼稚園の年代なら子どもが園に滞在するのは1日4時間しかありません。残りの20時間は家庭で過ごします。学校での行動と家庭での行動はまた違うことがあります。1日を通した教育には、教師と保護者の情報をすりあわせる必要があるのです。

――そのためには、教師と保護者、双方で子どもの行動を記録して、共有することが大事なのですね。
理事長そうです。教師からは「いま学校ではここまでできるようになりました。それをもとにしてご家庭ではこうしてください。」、保護者からは「いまうちの子は、ここまでできました。」というふうに、ノートに書いてやりとりします。保護者の方々は一生懸命に書いてくれます。それが教師と家庭の両方からの観察記録になるわけです。

――膨大な記録になりそうですね。
理事長創立から50年以上の間に2,000人を超える自閉症児を教育してきましたから、ノートを保管するだけで教室1.5部屋分がいっぱいでした。教師も手書き、親も当然手書き。保護者は一生懸命ですから、決められた欄に書ききれなくてノートに紙を貼ってぎっしり書いてあるページもあったり。そんなノートがなんと20,000冊以上にもなりました。
しかし、捨てるわけにはいかない。このノートはとにかく自閉症児教育の研究資料として、世界に二つとない貴重な記録です。なんとかデジタル化したかった。それでPFUさんに声をかけて。おかげさまでノートをPDF化(電子化)して、その空いた部屋を教室にできました。

――そのノートは、いまも続いているのでしょうか?
理事長もちろん続いています。幼稚園時代の状況を書いたノートがPDF化されていて、その子が小学校にあがったときに、小学校の先生がそのPDFを読んで「この子の幼稚園時代はこうだったんだな」と理解し、その子にあわせた教育を引き継いでいけます。これが高校まで続きます。
自閉症児が直面する問題は子どもによって様々で、あるひとつの方法で教えればいいということはありません。子どもによって、少しずつみんな違います。だからこの教育記録がとても大事なのです。

武蔵野東学園 寺田理事長

子どもから学び、ICTで受け継ぐ

子どもたちの日常の瞬間をメモと付箋で書き留めてきた時代から、いまはカメラ、スキャナーを使って手軽に記録し、クラウドに保存することで、ICTを活用したデータ共有が可能になりました。これによって保護者や担任、その他の先生方など、立場の異なる複数の視点で子どもの関心をとらえ、可能性の扉を開く教育のしかけを作っていくことができます。さらに、大人にとって便利な道具であるスキャナーが、子どもにもこれまでにない遊びと学びをもたらしているようです。

保護者と教師が協力し、子どもの様子をつぶさに観察してきた教育記録ノートは、PFUのスキャニングサービスでPDF化し、次の教育へと引き継いでいけるようになりました。

子どもの教育は、子どもから学ぶ。

武蔵野東学園の50年以上にわたる実践を、PFUのスキャナーが未来へと繋いでいきます。

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